認知症予防に効果的!「誤りなし学習」と観光
医療介護の現場で認知症の方に関わってきた私が、認知症と誤りなし学習との関係について説明をしていきます。
目次
誤りなし学習とは
私たちは一度失敗をすると、次に同じ状況になった時に、失敗した時の経験を踏まえて失敗を回避する行動ができます。
しかし、認知症などで「特定の記憶機能」に障害を負うと、失敗した経験を思い出すことが出来ずに、同じ失敗を繰り返してしまいます。
加えて、失敗した行動を身体が覚えてしまい、更に失敗を繰り返しやすくなるという悪循環に陥ってしまいます。
「誤りなし学習」とは「特定の記憶機能」に障害を負った方に対して、成功もしくは適切な行動を導くことで、「失敗の学習」から「成功の学習」へと転換を図る方法のことです。
認知症と記憶障害
認知症の主な症状として「記憶障害」があります。「記憶機能」は大きく2つに分類することができます。
①陳述記憶(ちんじゅつきおく)
陳述記憶とは、「昨日の晩ごはんはカレーを食べた」「私は〇〇小学校の出身である」など、自身に起きた出来事に関するものと、「1日は24時間である」などの一般的な知識に関するものなどがあります。
②非陳述記憶
非陳述記憶の中でも、代表的なものに「手続き記憶」が挙げられます。
手続き記憶とは「5年ぶりに自転車に乗っても転ばずに運転できる」など、身体が覚えている技能的な記憶を指します。
陳述記憶と手続き記憶はどちらが障害を負いやすい?
陳述記憶
陳述記憶を担当する脳の部位としては、「大脳皮質」と「海馬」が主に挙げられます。
「大脳皮質」と「海馬」に関しては、非常に繊細で脳血管障害やアルツハイマー病などで、特に障害を受けやすい部位になります。
認知症の方が「食事をしたことを忘れてしまう」などを聞きますが、「陳述記憶の障害の受けやすさ」が影響していると考えられます。
手続き記憶
手続き記憶をつかさどる脳の部位としては。「大脳基底核」などが主に挙げられます。
認知症の方でも、「元気だったときに行っていた動作は自然とできる(昔取ったきねづか)」からも分かるように、認知症の方でも比較的機能が残存しているケースもあります。
もちろん、脳梗塞などにより、ダメージ部位が変われば「手続き記憶」が障害を受ける、もしくは「陳述記憶」双方に障害を受けるパターンもあります。
記憶の分類については以下のリンクを参照して下さい
ワーキングメモリ(作業記憶)
ヒトの課題処理には「陳述記憶」「手続き記憶」に加えて、「ワーキングメモリ」という機能も関与しています。
「ワーキングメモリ」とは行動や思考に関する記憶・注意を一時的に留めておき、必要な場面で記憶・注意を利用するシステムのことです。
分かりやすく、料理中で例えると、「パスタを作るために鍋で麺を10分間茹でます。その間にフライパンでパスタソースを作っていきます。目の前のフライパン作業に注意の大半は注がれていますが、同時に時計を見ながらパスタの茹で時間を確認することで、茹ですぎずに丁度良いタイミングで麺を茹で上げてフライパンに移すことができます。」
これは、「ワーキングメモリ」が必要に応じて記憶・注意を振り分けることで、複数の作業を同時にこなすことが出来ているのです。
ヒトは「ワーキングメモリ」「陳述記憶」「手続き記憶」などを上手く連動させることで、日々の課題に向き合うことができているのです。
ワーキングメモリの限界
「ワーキングメモリ」には容量の限界があります。2,3程度の課題であれば適切に処理ができますが、5や10の課題を同時に処理することは一般的には難しくなります。
「ワーキングメモリ」の容量を超えたときに、課題処理を失敗をする場合が多くなります。
しかし、「陳述記憶」が正常に機能している場合は、失敗した経験を踏まえて、次に同じような課題に出会っても失敗を回避することができます。
調理中を例に例えると、「前回は麺を鍋で茹でて、フライパンでソースを作って、その隣でサラダを作って、デザートの用意も同時にしていたら、時計の確認を忘れて麺を茹ですぎてしまった。今回は、事前にサラダとデザートを完成させたうえで、パスタを作ろう」という感じになります。
しかし、認知症などで「陳述記憶」に障害を受けると、過去の失敗経験を活かすことができずに同じ失敗をしてしまいます。
更に加えて、「手続き記憶」が残存している場合では、失敗した行動を身体が覚えてしまい、更なる失敗を招く悪循環を招きます。
そこで、冒頭で述べた「誤りなし学習」が出番となります。
一般的に認知症の方は「陳述記憶」の障害を受けやすくなります。「手続き記憶」による「失敗の学習」を防ぐために、支援者による適切な誘導で「成功の学習」を積み重ねることが重要になります。
誤りなし学習と観光
一般的に観光は、慣れない環境での行動となるため「失敗」の可能性が高くなるかもしれません。
しかし、認知症の方と一緒に行動する支援者(ご家族など)が、さりげなく手を貸してあげることで、小さな「出来た!」を積み重ねることもできます。
美しい風景や美味しい食べ物との出会いは、ご本人だけではなく、支援者にとっても素晴らし体験であり、息抜きにもなります。
慣れない環境へのデメリットよりもメリットの方が大きくなるのでは?と思っています。
難しく考える必要はありません。助けすぎる必要もありません。大切な人に寄り添う気持ちがあれば、自然と「誤りなし学習」は成功します。